大人気漫画『キングダム』。秦の始皇帝による中国統一までを描いたこの作品を読み終えた後、次に読みたい本があります。
それが司馬遼太郎の大作『項羽(こうう)と劉邦(りゅうほう)』です。
秦が滅んだ後の覇権争いを通して、人望や義といった普遍的なテーマに迫る歴史小説の金字塔を、あなたも読んでみませんか。
記事のポイント
・『キングダム』では描かれなかった秦末から漢初にかけての動乱の時代を描く
・項羽と劉邦、2人の英雄の生き様と運命が鮮やかに描写される
・人望とは何か、義とは何かを考えさせられる作品
・現代にも通じる示唆に富んだ内容が随所に散りばめられている
キングダムから一歩先へ、項羽と劉邦の物語
『キングダム』のその先を描く歴史小説
週刊ヤングジャンプで連載中の大人気漫画『キングダム』。
春秋戦国時代の中国を舞台に、後の始皇帝となる秦王・嬴政(えいせい)と、戦災孤児の少年・信(しん)の活躍を描いた作品です。
熾烈な合従連衡と、秦による中国統一の歴史が、ダイナミックなストーリーと緻密な取材に基づく描写で表現されています。
この『キングダム』で語られるのは、あくまで秦による中国統一までの物語。ではその後、秦が滅んだ後の中国は一体どうなったのでしょうか。それを鮮やかに描き出したのが、司馬遼太郎の歴史小説『項羽と劉邦』です。
『項羽と劉邦』は、秦が滅亡した紀元前207年から、漢による中国統一が成し遂げられる紀元前202年までの約5年間を舞台としています。
覇権を争う項羽と劉邦の戦いを軸に、乱世を生きる人々の哀歓や、古代中国の社会の有り様が活写されます。
キングダムを読み終えて未だ中国史に興味が尽きない方、始皇帝の「その後」が気になる方は、ぜひ次の1冊として手に取ってみてください。
天下分け目の英雄たち
『項羽と劉邦』の主人公となるのは、題名の通り、項羽と劉邦の2人です。
項羽は楚(そ)の名門・項氏の若き当主。類い希なる武勇と統率力を持ち、まさに「武将の理想形」とも呼べる存在として描かれます。
一方の劉邦は、泗水(しすい)郡の平民出身。農民から身を起こし、やがて漢王朝の礎を築く人物です。権謀術数に長けた知将肌で、人心掌握のセンスに優れた、いわば「乱世に咲く大衆の星」的な存在と言えるでしょう。
真逆とも言える2人が、天下分け目の長い争いを繰り広げる様は見応え充分。特に終盤、2人が直接対峙する「鴻門の会(こうもんのかい)」のくだりは圧巻です。
互いに一目置く宿敵同士が、主客の立場を越えて酒を酌み交わす。そこには、武人としての矜持(きょうじ)と、義に殉じる覚悟が滲み出ています。
人を惹きつける「人望力」の秘密
劉邦が項羽に勝利し、漢王朝を開くことができた最大の要因は何だったのでしょうか。それは、彼の持つ「人望力」だと司馬遼太郎は指摘します。
作中、劉邦は「人を食べさせることが上手い」人物として描写されます。
農民出身の彼は、大衆の暮らしや価値観を理解し、弱者に寄り添う道を選びます。時には法を曲げてでも、民衆のために働く姿勢を崩しません。そうした劉邦の振る舞いが、戦乱の世を生きる人々の心を掴んでいったのです。
現代のリーダーシップ論にも通じるこの視点。組織を率いる立場の方なら、きっと参考になるはずです。権威や武力に頼らず、まずは相手の立場に立って考える。
その姿勢こそが、人望を集め、人を動かす源泉なのかもしれません。
恩に殉ずる「義」の精神
司馬遼太郎が『項羽と劉邦』で強調するテーマの1つが「義」です。それは、身を滅ぼしてでも、恩に報いようとする美学とも言えるでしょう。
物語の山場の1つに、「鴻門の会」の後日譚とも言える、劉邦の腹心・曹参(そうしん)の最期があります。
「鴻門の会」で劉邦の身代わりになった恩のために、曹参は自らの命を投げ出します。「義に殉ずる」ことを何よりも尊ぶ、古代中国人の精神性がここに示されているのです。
日本人にとって「義理人情」という言葉はなじみ深いものですが、その原点はこの時代の中国にあったと司馬遼太郎は説きます。
義に殉ずることの美しさと悲しさ。それを知ることは、古代の人々の心性を理解する手がかりにもなるのではないでしょうか。
人間ドラマとしての歴史小説
『項羽と劉邦』は、英雄の伝記であると同時に、濃密な人間ドラマでもあります。立場の異なる人々が入り乱れ、覇権争いに翻弄されていく。
そんな乱世に生きる人々の喜怒哀楽を、司馬遼太郎は丹念に描き上げているのです。
例えば、劉邦の宿敵でありながら、義理堅い人物として描かれる項梁(こうりょう)。世間を憎みながらも、劉邦への想いを貫く、孤高の女傑・虞姫(ぐき)。
曹参の妻となりながら、彼に先立たれる悲運の美女・董氏(とうし)。彼ら彼女らの生き様もまた、この歴史ロマンに奥行きを与えています。
司馬遼太郎が『項羽と劉邦』で語ろうとしたのは、「歴史」というよりも、「人間」の物語なのかもしれません。
だからこそ、現代を生きる私たちにも強く訴えかけてくるのではないでしょうか。
キングダム ファンなら読んでおきたい『項羽と劉邦』
始皇帝像のギャップを楽しむ
『キングダム』で印象的なのは、始皇帝・嬴政の若き日の姿です。理想に燃え、民のために尽くそうとする青年期の嬴政。読者の多くは、その凛々しさに惹かれたのではないでしょうか。
その一方で『項羽と劉邦』に登場する始皇帝は、暴虐の限りを尽くす暴君として描かれます。理想を抱いていた青年期とは真逆のイメージです。
このギャップを楽しむことが、『キングダム』ファンにとって『項羽と劉邦』を読む醍醐味の1つと言えるでしょう。史実に沿いながらも、作品ごとに全く異なる像を結ぶ始皇帝。そこから、彼の人物像の多面性を考えてみるのも面白いかもしれません。
知略と武略、2人の英雄の魅力
『項羽と劉邦』の魅力は、何と言っても2人の主人公にあります。
武将然とした風格を漂わせる項羽。戦場では常に先陣を切り、文字通り身を挺して戦います。豪胆で、男気あふれるその生き様は、読むものの心を揺さぶってやみません。
対する劉邦は、懐の深さが魅力です。出自の卑しさをコンプレックスに感じながらも、だからこそ民衆の気持ちに寄り添おうとします。時には権謀術数を弄しますが、それも民のためを思ってのこと。したたかさと優しさを併せ持つ、頼もしい指導者像がそこにはあります。
互いにらみ合う2人の姿に、思わずのめり込んでしまう。それが『項羽と劉邦』の面白さだと言えるでしょう。
『キングダム』と『項羽と劉邦』のテーマの違い
『キングダム』と『項羽と劉邦』は、どちらも春秋戦国時代から秦の中国統一、そして漢の建国に至る時代を舞台にしていますが、テーマには違いがあります。
『キングダム』のテーマ
・若者の成長と活躍:主人公・信が、戦乱の世を生き抜き、成長していく姿が描かれています。
・友情と信頼:信と漂(ひょう)に代表されるような、固い絆で結ばれた仲間たちの姿が印象的です。
・理想の国家の追求:秦王・嬴政(えいせい)が目指す「民の苦しみのない国」の建国という理想が物語を導いています。
『項羽と劉邦』のテーマ
・英雄の対比と相克:武将・項羽と知将・劉邦、2人の英雄の戦いと生き様が描かれています。
・乱世を生き抜く知恵:権謀術数を駆使する劉邦の姿から、混沌とした時代を生き抜くための知恵が示唆されています。
・人望とリーダーシップ:劉邦の人心掌握術から、リーダーとして求められる資質を読み取ることができます。
・義と人情:項羽と劉邦、そして彼らを取り巻く人々の生き様から、古代中国人の義や人情といった価値観が浮き彫りにされています。
『キングダム』が若者の成長と理想の追求を主題とするのに対し、『項羽と劉邦』では英雄の生き様や、乱世を生き抜く知恵、古代中国の価値観といったテーマがより前面に押し出されているのが特徴です。
両作品の歴史的背景
『キングダム』と『項羽と劉邦』は、どちらも紀元前3世紀から紀元前2世紀にかけての中国を舞台としています。この時代は、春秋戦国時代から秦の中国統一を経て、漢の建国に至る激動の時代でした。
『キングダム』の歴史的背景
春秋戦国時代(紀元前770年〜紀元前221年)は、周王朝の衰退により、各国が覇権を争った時代です。『キングダム』では、戦国時代後期の紀元前3世紀を中心に物語が展開します。主要な舞台となるのは秦国で、実在の人物である秦の始皇帝(嬴政)の統一事業が描かれています。
この時代、秦は商鞅(しょうよう)の変法により国力を増強。それに加え、白起(はっき)や王翦(おうせん)ら名将の軍事力により周辺国を次々と滅ぼしていきます。『キングダム』では、そうした秦の躍進ぶりが克明に描写されています。そして紀元前221年、秦は全土を統一。始皇帝による中央集権国家・秦朝が誕生します。
『項羽と劉邦』の歴史的背景
『項羽と劉邦』が舞台とするのは、秦朝崩壊直後の紀元前206年から紀元前202年にかけての時代です。秦の始皇帝が死去した後、各地で反乱が勃発。なかでも項梁(こうりょう)を盟主とする反秦連合軍が台頭します。
項羽と劉邦は、ともにこの連合軍に属していました。紀元前207年、彼らは楚漢戦争と呼ばれる覇権争いを開始。5年に及ぶ戦いの末、劉邦が項羽を破り、紀元前202年に漢王朝を建国します。
『項羽と劉邦』は、この楚漢戦争の経緯を克明に描いた作品です。項羽の武勇と劉邦の知略が対比され、英雄たちの生き様が活写されます。同時に、戦乱の世を生きる人々の哀歓も丹念に描かれ、混沌とした時代状況が浮き彫りにされています。
両作品に共通するのは、中国統一という大きな歴史の転換点を舞台にしている点です。秦による統一、そして秦から漢への王朝交代。激動の時代を背景に、英雄たちの活躍と民衆の生活が描かれています。歴史小説としての面白さはもちろん、当時の社会状況を知る手がかりにもなる作品だと言えるでしょう。
司馬遼太郎ワールドを堪能する
日本が生んだ歴史小説の巨匠・司馬遼太郎。緻密な資料研究を基に、歴史上の人物の息遣いまでをも感じさせる筆致は、まさに圧巻の一言です。
『項羽と劉邦』は、そんな司馬遼太郎の代表作の1つ。乱世の英雄たちを活写した本書は、まさに彼の真骨頂とも言える作品です。
文庫本で上下巻、あわせて1000ページを超える大作ですが、それでも物足りなさを感じてしまうほどの面白さ。ページをめくる手が止まらなくなること間違いなしです。
歴史小説の金字塔を打ち立てた、司馬遼太郎ワールドの真髄。それを味わうためにも『項羽と劉邦』は、必読の1冊だと言えるでしょう。
まとめ:『キングダム』から『項羽と劉邦』へ
・始皇帝の「その後」を描いた歴史小説の大作
・武将・項羽と人望者・劉邦の対比が面白い
・人望とは何か、義とは何かを考えさせられる
・乱世を生き抜く知恵が随所に描かれている
・司馬遼太郎の筆力が堪能できる1冊
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